認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「珠算式暗算学習が子どもたちのワーキングメモリに与える影響」
Effect of mental abacus training on working memory for children
Min-Sheng Chen,Tzu-Chang Wang, Chih-Nan Wang
Journal of the Chinese Institute of Industrial Engineers, 2011
イントロダクション
本研究の目的とは、ワーキングメモリの構成要素である音韻ループと視空間スケッチパッドの操作を妨害する様々な二重課題を課し、暗算トレーニングが認知システムに及ぼす影響を検討することである。
実験方法
参加者
そろばん学習群12名(そろばん教室から選出)、統制群12名
材料と手順
そろばん群は週2回1時間そろばん練習を行う。少なくとも1年は学習をしており、上級レベルである。
実験は3つ行われており、第一課題が以下のように異なる。
- 視空間記憶課題:5×5の格子の上に円(5個と6個)が2秒間提示される。その後、円は消え、参加者はその場所を再生する
- 音韻記憶課題:ディジットスパン(順唱・逆唱)、単語スパン課題(順唱・逆唱)
- 2口の暗算課題:3桁のたし算と引き算
- 同時課題なし、構音リハーサル課題、視覚追跡課題、ハンドタッピング(←↓→:指の指定は不明)
結果と考察
実験1では、そろばん群のほうが統制群より第一課題である視空間イメージ記憶の成績が高かった。視覚追跡課題を二重課題として課したときのエラー率の増加が両群ともに大きかった。同時課題が第一課題と同じ視空間課題であったためと考えられる。
実験2では、そろばん群と統制群との差はなかった。Hatano(1983)とは異なる結果となった。二重課題による成績の低下は構音干渉によるものが最も大きかった。しかし、そろばん群に限って、タッピング実行時の逆唱ディジットスパンの成績低下が大きかった。
そろばん群は空間イメージで数を記憶していると考えられる。
実験3では、そろばん群のほうが統制群より第一課題である暗算課題の成績が高かった。
統制群では構音リハーサルで、そろばん群では視覚干渉・タッピングでの成績低下が大きかった。
感想
ワーキングメモリ研究の基本的な研究手法である二重課題をそろばん学習者に課しており、きちんとした研究だと感じる。Brooks et al. (2018)の実験2がこの研究とよく似ている。実験群(そろばん群)は、そろばん教室から選ばれており、無作為抽出ではない。ディジットスパン課題で群間差は有意ではなく、これをHatano & Osawa(1983)とは異なる結果だったとしているが、Hatano & Osawaの研究はそろばん日本一レベルを対象にしており、参加者のそろばんのレベルが明らかに違っている。