認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜


「そろばん式暗算上級者が示す高い非記号的数感覚」

Children skilled in mental abacus show enhanced non-symbolic number sense

Jiaxin Cui, Rui Xiao, Mei Ma, Li Yuan, Roi Cohen Kodash, Xinlin Zhou

Current Psychology (2020)


イントロダクション

そろばん学習が計算能力を向上させる研究は様々あるが、非記号的な数感覚を向上させるかどうかについては研究が少ない。 非記号的な数感覚と数学能力には密接な関係があると指摘している研究もあるため、以下の仮説を立て、そろばん式暗算上級者の非記号的数感覚について検討する。

  • 効果的なそろばん学習により、非記号的な数感覚能力が向上する。
  • 非記号的な数感覚は算数の成績と密接な関係があるため、珠算式暗算学習は、算数成績の向上を生み出す。
これらの仮説の結果、そろばん式暗算上級者は、暗算練習をしていない被験者よりも、非記号的な数感覚テストで高い成績を示すと予測する。

実験方法

参加者
中国人そろばん学習者75名(中国基準の珠算検定2級から6級)と非そろばん学習者75名。

材料と手順
以下の11種類の算数テストを行う。(最後の課題は言語処理能力課題)

  1. 見取暗算課題(※そろばん学習児童のみ)
  2. ひき算課題:計算流暢性
  3. 数量比較課題:非記号的な数感覚
  4. 図形一致課題
  5. 視覚探索課題
  6. 三次元メンタルローテーション課題
  7. 空間ワーキングメモリ課題
  8. 言語ワーキングメモリ課題:ディジットスパン順唱・逆唱
  9. 非言語マトリックス推論:一般IQテスト
  10. 選択反応課題
  11. 文章完成課題:言語処理能力

実験結果と考察

すべてのテストでそろばん学習グループの方の成績が優位に高かった。IDテストの結果を統制すると、 そろばん式暗算上達者の高い能力が以下ように示された。また、媒介分析により、そろばん式暗算能力と計算の流暢性を、非言語的数能力が部分的に媒介しているとしている。

  • 計算流暢性:ひき算課題
  • 非記号的な数感覚:数量比較課題の正確性
  • 言語ワーキングメモリ課題:ディジットスパン順唱・逆唱
計算流暢性は過去の研究からも示されているとして、この実験ではひき算課題への転移のみを示しており、文章題や数学概念への転移を示すには更なる研究が必要だとしている。
非記号的な数感覚については、先行研究と異なる結果だとしてうえで、長期のそろばん学習により、非言語的なそろばん珠のならびに慣れていった結果ではないかと推測している。
ディジットスパンについても先行研究と一致した結果だとし、暗算で何度も大きなけての数字をイメージした結果ではないかという過去の研究の考察を示している。


感想

そろばん熟達者が様々な認知課題が報告されており、非常に重要な研究だと思う。 そろばん学習の認知能力への転移は、中国の研究は「ある」、アメリカの研究は「ない」と報告しているところがある。 「ない」と示した研究には、そろばん熟達レベルがわからないと指摘たうえで「 様々な他の要因は統制してはいるが、もともと非記号的数感覚をもった児童がそろばん式暗算が上達する可能性は完全に排除できないと指摘し、 更なる研究が必要だとしている」と考察していることも、重要だといえる。