認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜


「熟達技能がワーキングメモリ容量に与える影響」

Effects of skill training on working memory capacity

Yuh-shiow Lee, Min-ju Lu, Hsiu-ping Koou

Learning and Instruction 17 (2007)


イントロダクション

ロングターム・ワーキングメモリの概念を提唱したエリクソン&キッチによる熟達研究の枠組みを土台に、 領域固有の技能がその領域の情報の検索を促進させるだけでなく、領域にかかわるワーキングメモリ容量の測定結果を高めると仮説立て、 仮説検証実験を実施している。そろばんとピアノで研究を進めており、実験1がそろばんの研究である。

実験方法

参加者
そろばん群16名、統制群16名。合計32名

材料と手順
そろばん群の参加者は検定試験の上級合格者である。これまで、週2回90分のそろばん練習を少なくとも1年間は受けているそろばん学習者である。
統制群の参加者はそろばん群参加者と学業成績がほぼ同程度であり、両親の教育水準が同程度の者が選ばれた。
以上の参加者に5種類のワーキングメモリ課題を行い成績を検証した。

  1. ディジットスパン課題(順唱・逆唱)
  2. ノンワードスパン
  3. オペレーションスパン課題
  4. シンプル空間スパン課題
  5. 複合スパン課題

実験結果と考察

そろばん群の成績は統制群と比べて単純空間スパンでのみ有意に高かった。これは珠算式暗算トレーニングの効果だと主張している。


感想

シンプルスパン課題は2×2から4×4の格子の中に物体が現れる課題のため、そろばんのデザインと類似したところがあり、効果が表れたのではないかと感じる。

研究としては参加者間実験にしては参加者が32名と少なく、そろばん群の参加者はすでにそろばん学習を実施した上級者である。そろばん学習によって視空間ワーキングメモリ課題の成績が向上したのか、もともと視空間ワーキングメモリ容量の大きい個人がそろばんで上級に進む可能性が高いか識別することができていない。

また、この研究ではディジットスパン課題の成績は二群に有意な差は見られなかったことが報告されている。そろばん学習者のディジットスパン課題の成績に関する研究では、Hatano & Osawa (1983)が日本一レベルの達人の驚異的な成績を報告している。また、Kamaliら(2019)が行った実験ではディジットスパン課題ではそろばん群が有意に高いという結果を報告されており、熟達度合いによる影響があるように感じる。