認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「小学生のそろばんによる認知能力の発達:無作為統制による臨床検証」
Development of Cognitive Abilities through the Abacus in Primary Education Students: A Randomized Controlled Clinical Trial
Samuel P. Leon, Maria del Carmen Carcelen Fraile and Inmaculada Garcia-Martinez
Education Science (2021)
「そろばん学習を行うと、集中力、注意力、記憶力、忍耐力が養われ、学ぶ力が身につきます」
このようなことは過去に何度も言われており、現在もなお、そろばんの様々な連盟のポスターなどに使用されている。
この論文はスペインの小学生を対象にそろばんによる教育効果を検証している。
そろばん学習にはアロハ・メンタル・アリスメティックというそろばん教室が関わり、実験を行っている。
考察のところに「thanks to Japanese technique(日本の技術のおかげ)」と書かれているのが興味深い。
イントロダクション
中国人研究者Chen.Fによる先行文献から、そろばん、そろばん式暗算学習が計算に必要な認知処理に影響を与え、学業成績の向上に大きな影響を及ぼすことを紹介している。
また、そろばん式暗算が機能的な脳の活性化、脳の可塑性を強化、脳の再編成につながる可能性があるとし、算術リテラシーを促進させ、認知能力の向上を促進することが示されているとしている。
この研究の目的として、以下の仮説を検証するとしている。
- そろばん式暗算学習と小学生の認知スキルの発達との間には関係はあるのか?
- そろばんでの学習は、従来の学習で学んだグループよりも有意に良い結果をあたえるのか?
実験方法
小学生に向けて8週間のそろばん授業を行う。そして、従来の暗算練習(そろばん式でない)に同期間、取り組んだ児童との比較を行う。
参加者
7歳から11歳までのスペインの小学生が対象とされている。
材料と手順
以下の認知能力測定テストを、そろばん練習の実施前と実施後に行い、向上しているかどうかを検討する。
- 選択的注意、集中力テスト(D2)
- 差異知覚テスト(FACE-R)
- 即時聴覚記憶テスト(AIM)
- 創造的知能テスト(CREA)
そろばん学習は60分を週2回、計16回
- そろばんの仕組み(第1回)
- 補数なしのたし算・引き算 1桁(第2,3回)
- 補数なしのたし算・引き算(暗算) 1桁(第4,5回)
- 5の補数を使ったたし算 1桁(第6,7回)
- 5の補数を使った引き算 1桁(第8,9回)
- 補数なしのたし算・引き算 2桁(第10,11回)
- 補数なしのたし算・引き算(暗算) 2桁(第12,13回)
- 補数なしのたし算・引き算(暗算) 3桁(第14,15,16回)
実験結果と考察
重要な発見として、そろばん式暗算学習により集中力と記憶が有意に向上したことが報告されている。
そして、これらの能力の向上は学童期の発達に重要で、学業成績に強く関連すると考察している。
この成果は「thanks to Japanese technique(日本の技術のおかげ)」とも書かれている。
また、この実験では、創造的能力がそろばん学習グループは向上し、従来の暗算練習グループでは成績が悪化したと報告している。
これは今までのそろばん研究では示されなかった結果だとも考察しており、更なる研究が必要だとしている。
そして、研究の限界点も以下のように示している。
- 研究の実施が他の研究のように公的教育機関ではなく、そろばん塾で行われたため参加人数が少ない。
- 比較したグループが、従来の暗算練習だったため、比較に値するかが難しい。
感想
考察部分の研究の限界でも言及されているが、タイトルに「小学生のそろばん(the Abacus in Primary Education Students)」と書かれているため、実験がアメリカ人研究者Barnerら(2016,2018)のように、
公的教育機関で実施されたと最初は勘違いした。実際は小学生を対象としてはいるが実験介入には世界的に展開しているそろばん教室で行われている。
これも限界で指摘されているが、比較グループが「そろばん教室が集めた参加者にも関わらず、そろばんをさせてもらえず、従来の暗算練習だけ8週間する」わけである。
新たな学習への意欲(新規性)もなく、モチベーションが上がらないと感じる。