認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「そろばん授業が発達性算数障害をゼロにすることができるのか」
Yujie Lu, Mei Ma,Guozhong Chen,Xinlin Zhou
Psychol Schs (2020)
近年、中国・北京師範大学のXinlin Zhou氏によるそろばん研究国際論文がたくさん出版されている。杭州大学のFeiyang Chang氏の研究グループとともにそろばん研究の中心的な存在といえる。 今回の実験は南通市、常熟市の公立小学校で実施され、参加者数が479名である。南通市は世界最大ともいわれるそろばん博物館がある街で、中国のそろばん教育を考えるうえでは重要な町といえる。 この町(北京より上海に近いところに位置する)と北京の大学とが共同でそろばん研究を実施していることを考えると、大きな規模で研究が行われているように感じる。
イントロダクション
発達性算数障害(developmental dyscalculia)は、全学童の内3~7%の児童に認められている。 発達性算数障害は神経生理学の分野からも研究がされており、一般的な発達を示す児童に比べて、脳の灰白質の量が少ないことや頭頂間溝付近の活性化の度合いが低いことなどが示されている。 そろばん学習は計算能力を高めるためだけではなく、様々な認知能力を高めることが先行研究で示されているため、そろばんを学習しているクラスでは算数障害の広がりが少なくなるだろうと予測し、実験を実施する。
実験方法
参加者
南通市、常熟市の公立小学校の小学生が479名
材料と手順
小学校1年生から、以下の二つのグループにわかれて学習を行う。
- そろばんグループ:6クラス 週に100分のそろばん・そろばん式暗算学習
- 統制グループ:週に100分の一般的な計算練習と読み練習
- 選択反応時間課題
- 数量比較課題:非記号的な数感覚
- 二次元メンタルローテーション課題
- コルシブロックスパン課題
- 幾何図形探索課題
- 非言語マトリックス推論:一般IQテスト
- 計算課題
- 漢字読み課題
実験結果と考察
アメリカ精神医学会によるDSM-5の基準により、発達性算数障害かどうかを判断したところ、統制グループの児童では6.4%が算数障害に該当したが、そろばん学習コースの児童では該当者ゼロだった。
実際の学校生活において、そろばん学習は発達性算数障害への介入として効果がある方法といえるとしている。
一般認知能力の測定結果として、そろばん学習グループのコルシブロックスパン課題と幾何図形探索課題の成績が有意に高かったとしている。学習認知能力測定では漢字読み課題ではグループ間の差はなかったが、
計算課題では有意な差が見られた。
この実験の限界として、認知テストを学習前と学習後に実施し、比較したわけではなく、学習後のみの実施であるため、学習前の算数能力は同じ程度だろうと推測になっている。
たし算、ひき算の概念を知らない入学間もない1年生児童にテストを行うのは難しいとしている。
また、算数障害と判断された児童に対する介入は行っておらず、今後の課題として残っていると考察している。
感想
そろばん学習を行うことにより発達性算数障害の基準に該当する児童がゼロであったという結果は非常に興味深い。そろばんは実際に珠を動かすため、算数学習の導入に効果的なことは確かだろう。 学習期間が長期(2年〜3年)とされているのだが、どの時点で認知テストを行ったのかがはっきりと書かれていないのが気になるところではある。