認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「中国そろばん計算の認知プロセス」
The Cognitive Process of Chinese Abacus Arithmetic
Pei-Luen Patrick Rau, Anping Xie, Ziyang Li, Cuiling Chen.
Int J of Sci and Math Educ(2016)
そろばん計算での基本的な指使いは「たし算九九」「ひき算九九」と呼ばれる。例えば、「2をたすときは5入れて3払う」「2を引くときは、3入れて5を払う」といったもので、珠の動かし方が言語化されている。 初学者はこれに従い、珠を弾くのだが、中には頭の中で先に計算してしまい、その答えをそろばんに入れる児童もいる。そのような生徒には「暗算をした時に苦労するよ」と指導することが多いと思うが、様々な方法が存在することがわかる。 この論文では、そろばん珠を動かすときの方略を検索法、手順法、計算法の3つに分類し、熟達度、問題の難易度、問題のタイプ(たし算orひき算)の観点から検討を行っている。
イントロダクション
そろばんでの計算において以下の三つの方法が可能である。
- 検索法 : たし算・ひき算九九(この論文ではcriteria verses)を長期記憶から検索し利用する
- 手順法 : そろばんの手順に従い、「8は10より2小さいから、2を引いて、10をたす」のように考えながら玉を動かす。
- 計算法 : 答えを先に頭の中で計算(そろばん式暗算でない方法)してから、そろばんに入れる。
- 仮説
- そろばん初心者は計算法と手順法を多く利用し、熟達者は検索法を利用する傾向がある。
- 難易度が低い問題では検索法が利用され、難易度が高い問題では計算法、手順法が利用される。
- たし算では検索法が利用され、ひき算では計算法と手順法が利用される。
実験方法
参加者
36名の参加者を以下の3つのグループに分ける
- 初心者群 : 普通科高校生12名(平均年齢16.2歳)
- ジュニア熟達群 : 商業科高校生12名 (全員17歳、1年以上のそろばん経験)
- シニア熟達群 : 銀行員12名(平均年齢50.3歳、全員20歳以上で仕事でそろばんを利用)
材料と手順
実験参加者は、そろばんを使用し、1桁、2桁、3桁、たし算、ひき算からなる問題を解くを行う。
計算時の、参加者による発声、実験実施者による観察、参加者による回顧を利用し、どの方法を使用したかを決定する。
実験結果と考察
結果から仮説1〜3を順に検証する。
- 仮説検証
- 支持された。
熟達者は検索法を使用する傾向があり、初心者は計算法を使用する傾向があった。 - 支持されなかった。
そろばんは暗算と異なり桁ごとに数値を保存することができるため、桁数が増えても使用される方法に違いはみられなかった。 - 部分的に支持された。
たし算と比較し、ひき算で手順法が使用される傾向が見られたが、統計的に有意とまではいかなかった。
感想
そろばん学習とは、そろばんの指使い(珠の基本的な動かし方)を習得することだと考えられる。しかし、その指使いの知識がなく、そろばんの方法ではないたし算・ひき算の知識をすでに所有している高校生を初心群としている。
この高校生に、僅かな練習の後、そろばんを使って計算するという課題を与えたならば、既存の知識を使って、珠をはじくのは当然のことといえるだろう。
また、熟達が進むと、指が自動化されて、言葉で動きを表現できなくなることある。最初に使用した方法の違いが、自動化のメカニズムに作用するところまで説明ができたら、より深いそろばんの計算認知プロセスが解明されるであろう。
最後に、この論文はAbacusの定義が曖昧なまま、根拠となる文献もなく「中国そろばんは世界最古の計算機と考えられる」と書かれており、「中国そろばんは天一地四(五珠が1つ、一珠が4つ)」と書いている。
近年、中国人研究者による国際論文で四つだまそろばんを「中国アバカス:Chinese Abacus」「中国現代アバカス:Chinese modern abacus」と呼んでいるものが多くみられる。今までは「Abacus training on Chinese children's mental calculation」
のように、「中国人児童によるアバカス学習」のように書かれていたが、今後、どのような言葉使いがされるのか日本人として注視していきたいところである。