認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜


「そろばんを基礎とする暗算学習が児童の視空間WMを強化する」

Training on Abacus-Based Mental Calculation Enhances Visuospatial Working Memory in Children

Chunjie Wang, Tianyong Xu, Fengji Geng, Yuzheng Hu, Yunqi Wang, Huafeng Liu, and Feiyan Chen

The Journal of Neuroscience (2019) 6439-6448

中国・黒竜江省で144人の小学生が参加し、5年間にわたる大規模な調査を実施したところが本研究の特徴といえる。 この規模での調査は、珠算のユネスコ無形文化遺産登録(2013年)が大きく影響していると関連していると思われ、 中国のそろばん研究への取り組みの力の入れ様が見て取れる。
浙江大学のFeiyan Chen教授はそろばん研究の国際論文を多数発表しており、中国でのそろばん研究の中心といえる人物である。


イントロダクション

ワーキングメモリトレーニング効果はいまだ定まったものがなく、実験室レベルにとどまっているのが現状である。 それに対し、そろばん式暗算のトレーニング効果の検討は、教育場面への一般化が可能であり、学業や生活場面にも適用できる。 また、そろばん式暗算は視空間処理とされるため、視空間ワーキングメモリ(VSWM)の神経基盤とも共通する。そのため、そろばん式暗算学習が視空間ワーキングメモリへ近転移する可能性があると考えられる。
そこで、この研究は以下の3つの仮説を立て検証している。この実験では以下の3つの仮説を立て検証する。

  1. そろばん式暗算授業を受けた児童は算数計算課題と視空間ワーキングメモリ課題において、統制群の児童より成績が良くなる
  2. そろばん式暗算授業を受けた児童の算数計算能力と視空間ワーキングメモリには確かな関係性が存在している。
  3. そろばん式暗算学習は視空間課題遂行中の脳活動を変化させ、このうちいくらかの変化は計算能力と視空間ワーキングメモリとの関係を媒介している。

実験

小学1年生から6年生まで丸5年間にわたりそろばん学習を行い、その前後で、知能検査、算数計算能力検査、視空間ワーキングメモリ測定を行い変化を調べる。 また、視空間ワーキングメモリ課題中の脳内活動をfMRIによって測定する。

参加者
黒竜江省斉斉哈爾市(チチハル市)の小学生114名が参加。無作為にそろばん学習群と統制群の2つのグループに分ける。

  • そろばん学習群は5年間にわたり週2時間のそろばん学習を行う。
  • 統制群は同期間、同時間数、従来の算数学習と読みの練習を行う。

材料
  1. 知能検査
  2. 算数課題2種類(暗算課題と算数課題)
  3. 視空間ワーキングメモリ課題(視空間nバック課題)

実験結果と考察

知能への遠転移は見られなかった。これは先行研究と一致するとしているが、今回のように1種類の検査ではなく数種類の検査をしてから結論を出すべきだとしてる。
算数課題2種類:そろばん学習群が有意に成績が良かった。
そろばん学習群では、暗算成績とn-back課題成績に相関がみられたが、統制群では見られなかった。
そろばん群でのみ視空間WM課題中の脳活動の相関関係が中前頭回(MFG)右領域でのみ見つかり、 媒介分析により、MFG右領域の活性化が、そろばん群の暗算成績とVSWM成績を媒介していることが示された。


感想と疑問

まず、そろばん学習が算数課題(特に暗算)の成績を高めることは間違いないだろう。しかしながら、nバック課題のみで、そろばん式暗算学習が視空間ワーキングメモリを強化すると結論付けるのは早急だと考える。 また、統制群は、従来の「算数学習」と「読み」を行うとしているが、「読み」の力は一切測定されていない。そろばん学習群よりも 算数学習の時間数が少なくなっている可能性が存在し、適切な統制群といえるかに疑問が残る。
nバック課題と算数課題(暗算課題)が相関することが示されているが、そろばん群は暗算成績の分散が大きいため相関が現れているようにも思える。