認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「無作為に選んだクラスでの一年間にわたる 1年生と2年生生徒へのそろばん式暗算指導 」
A One-Year Classroom-Randomized Trial of Mental Abacus Instruction for First- and Second-Grade Students
Davud Barner, Angeliki Athanasopoulou, Junyi Chu, Molly Lewis Elisabeth Marchand, Rose Schneider, Michael Frank
Journal of Numerical Cognition, 2018
イントロダクション
そろばん式暗算は国際的に人気が広まるにつれて、アメリカでも見られるようになり始め、複数の公立小学校でも補助的な算数指導として導入されるようになってきた。本研究は、アメリカ北東にある公立学校で無作為に選んだクラスでそろばん指導実験を一年間実施し、そろばん式暗算のもつ効果の可能性について調査を行った。特にそろばん式暗算が(1)一般的な算数カリキュラムと比較して計算成績を向上させるのかどうか、(2)視空間ワーキングメモリの変化を導くのかどうかをテストした。
実験方法
参加者
そろばん学習群(実験群)、統制群、参加者数は以下
- 統制群1年生:申込103名、参加確認書提出49名、データ取得26名
- 統制群2年生:申込 89名、参加確認書提出51名、データ取得44名
- 実験群1年生:申込 95名、参加確認書提出46名、データ取得35名
- 実験群2年生:申込114名、参加確認書提出70名、データ取得59名
2012年から一年間実施
材料と手順
標準的な算数クラスは毎日1コマ(40分)の授業が組まれている。そろばん式暗算トレーニング群は、1週間に3コマ(1コマ40分)外部指導教材使用のもと、それぞれの先生から暗算トレーニングを受ける。残りの2コマは統制群と同じ教材を使用し標準的なシンガポール・マスの指導を受ける。生徒は学年度の初めと終わりに一度ずつ、二度のテストを受ける。
テストでは以下の六種類を測定する
- 認知課題 : マトリックス推論課題・ゴー・ノンゴー課題・視空間WM変化探知課題
- 算数測定 : 算術計算・位取り理解・ウッドコック−ジョンソンV標準測定テスト
- 介入の正確性 : そろばんからアラビア数字への変換の測定
- 算数不安度
実験結果と考察
数を表現する方法としてそろばんの仕組みを理解させることに1年生では失敗した。この失敗は位取り概念の理解不足だといえる。2年生児童にとって一年という期間は基礎的な理解には十分だったが、このレベルの習熟では計算能力に関してはわずかな効果が示されたに過ぎなかった。結局、算数成績への効果はなく、ワーキングメモリにあたえる効果も見られなかった。
このことから、そろばん式暗算を学ぶためには前提知識が必要であり、それが身に付く前の年齢でそろばん式暗算学習を開始することは効果的ではない可能性がある。また、長い期間のそろばん式暗算介入は児童に恩恵をもたらすが、短い期間では児童に利点を与えるようなことは少ないのかもしれない。そろばん式暗算学習はより高学年の生徒や視空間ワーキングメモリに優れた生徒にとって有益かもしれないが、子どもたちを“より賢く”する道具ではないだろう。
そして、そろばん式暗算習得には特別な教師教育が必要なため、今後の研究には指導要素の探求が必要となるだろう。
感想
中国で実施された研究と異なり、算数へも、認知課題へも、そろばん学習の効果は一切認められてはいない結果となっている。
インフォームドコンセントに際しての記述や研究の事前登録についての記載がされており、論文を通して研究自体には非常に洗練された印象を持つ。しかしながら、限界点として述べられているが、指導者の問題が大きいとも感じる。そろばん式暗算を学ぶために前提となる知識なしでも、幼い子供に理解させる工夫を日本の多くの指導者が行っている。この実験はアメリカで実施されているが、そろばんに対する文化的な土台が中国や日本とは根本的に異なるように感じる。