認知心理学からみたそろばん 〜世界の論文を眺めると〜
「中国人児童における実行機能の発達に与えるそろばん学習効果、及び、基盤となる神経相関」
Effect of Abacus Training on Executive Function Development and Underlying Neural Correlates in Chinese Children *
Chunjie Wang,Jian Weng,Yuan Yao,Shanshan Dong,Yuqiu Liu,and Feiyan Chen
Human Brain Mapping 38、2017
イントロダクション
実行機能はあらゆる認知機能にとって不可欠なものである。その構成は、ワーキングメモリ、抑制機能、課題切り替えからなり、その機能を向上させる学習プログラムが様々検討されてきた。その中で長期にわたる特定技術学習が実行機能を高める可能性が高いことが示されつつある。
よって、本研究では課題切り替えが必要とされるドット課題を利用して、そろばん学習が与える実行機能の影響を検討する。
予測としてそろばん学習がドット課題の行動成績を向上させるとする。
加えて、そろばん学習が脳活動を変化させると予想する。脳活動の変化として二つの予測が立つ。
一つ目はそろばん学習により実行機能に関連した領域の活動が上がるというもの、二つ目は反対の予測で、神経効率が上がることにより下がるというものである。
実験方法
参加者
中国、黒竜江省チチハル市の児童72名を募集、最終的に測定時の欠席、転校の理由で21名は除外された。
参加者は小学校の開始に合わせて、以下の無作為にそろばん群、統制群の二群にわけられた。
材料と手順
介入
- そろばん群:そろばん、暗算学習を実施。少なくとも4年生では7級、6年生では2級に合格するレベルとなった。
- 統制群は:読書、一般的な計算、図形学習、スポーツなどを実施。
1年生開始時に以下の測定をDMQ質問紙、子どもの行動尺度(ESBR)を測定、ベースラインとする。 これらのテストは4年生、6年生時に再度測定される。
- 測定
- Ravenテスト
- Go/No-go課題:動物の絵が出るとGoと反応する。しかし、チンパンジーの絵のときは反応しない
- Dimention of Mastry Questionnaires質問紙:モチベーションを測る質問紙
- 子どもの行動尺度(Early school Behavior Rating Scale):問題行動の有無を測る質問紙尺度
- 課題と脳活動測定
- ドット課題:実行機能を測るスイッチング課題。「点と同じ側のボタンを押す」一致の場合、「点と反対のボタンを押す」不一致の場合、それがランダムに出る混合の場合があり、それぞれを切り替えて答える課題
- fMRI:脳活動を測定
実験結果と考察
予測通り、そろばん学習群は統制群と比較してドット課題(特に不一致、ランダム時)でより早く正確な結果を残した。このことより、そろばん学習介入による実行機能への転移可能性が示された。このことは、学習がワーキングメモリにとどまらない可能性を示唆している。 反面、fMRIによる前頭領域での脳活動の値は、ドット課題の不一致、ランダム時に、統制群よりも低い値を示した。これはそろばん式暗算が視空間イメージ処理の神経効率を高めた結果と考えられる。
感想
実験の枠組みがWang 2015と同じものだと考えられる。本論文は黒竜江省チチハル市で参加者を募集しているが、Wang 2015には参加者が中国のどの地域なのか記されていない。この二つの論文に関し参加者、実施の学校はどのように異なるのかが気になるところである。
Wang2015同様に、72人中21人が除外されたことも気にかかる。そろばん学習自身になじめず脱落した児童がいなかったのだろうか? 実行機能が向上したことが報告されているが、実行機能測定課題はドット課題一つのみである。
前頭領域の脳活動が低下したとの報告は興味深い。ボタン反応による課題切り替えに熟達した結果、自動性が高まった可能性が考えられる。そうなると、そろばん学習は課題切り替えに連続だと考えられるため、実行機能の向上ではなく、ボタン反応による課題切り替え能力の熟達と区別できる要素が欲しい。